これまで、「友達として」付き合ってきたはずなのに、最近妙に気になってしまう人がいる。
あなたは、こんな経験をしたことがありませんか?
「自分はこの人のことが好きなのだろうか?」
そんな風に考えているうちに、自分の感情が自分でもわからなくなってしまって、気がついたら、迷い込んでしまうような。
出口の見えない恋の迷路。
そんなとき、私たちの脳はどうなっているのでしょう?
穏やかで優しい愛情の関係に、気まぐれで情熱的な恋のスパイスが加わることで、恋愛という感情は芽生えます。
友情としての「好き」も、恋愛としての「好き」も、「愛」としての本質は変わらないものです。
しかし、「期待」と「不安」と「独占欲」の気まぐれで情熱的な恋のスパイスが、二人の関係を複雑な恋の迷路に迷い込ませてしまうのです。
今回は、そんな不思議な、友情と恋愛の「好き」について、脳の世界からのぞいてみることにしましょう。
この記事の内容
友情と恋愛の違いとは?
人は近くにいる人を愛しいと想うようになります。
そして、遠くにいる人を恋しいと想うようになります。
だから恋愛とは、いつも近くにいて、遠くにいる関係のことです。
友情と恋愛の違いは一言で言えば、「愛情」に加えて、「恋」の気持ちがあるかどうかなのです。
「恋」とは、相手を手に入れたい、自分の近くに引き寄せたいと願う気持ちです。
そして、厳密に言えば、恋を恋らしくさせている神経伝達物質が脳内に存在するのです。
この神経伝達物資や、脳の働きについて理解することで、「恋の本質がなにか」を理解することができるようになります。
恋の本質について理解しておくことができれば、自分の気持ちを整理して、状況を客観的に考えることができるようになります。
心に余裕ができて、少なくとも自分なりに答えを出して、前へ進むことができるようになります。
それに、友情と恋愛の違いについて無知だと、あらゆる意味で見失ってしまうのです。
「彼のことが好きなのだろうか」と思い悩んでいるとき、私たちは、恋の迷路に迷い込みやすくなってしまいます。
恋の神経回路が発火しかけているから、気になってしまうのです。
そのことに心のどこかで気がついているくせに、あれこれと思い悩むだけ思い悩んでいると、どうなるでしょう?
知らず知らずのうちに「期待」や「不安」といった恋の燃料をせっせと注ぎ込みながら、恋の炎をくすぶらせているのです。
気がついたときにはもう引き返せないくらい。
情熱の炎がすべてを焼き尽くしていくようです。
それから、一見うまくいっているようにみえる恋でも、終わりを近づけやすくしているかもしれません。
恋をしていると、私たちは客観的ではいられなくなるのです。
恋の情熱は、いつかは消えてなくなる、気まぐれな炎です。
しかし、私たちは恋をしている間、その恋が「ずっと続くもの」だと錯覚してしまいます。
本来「恋」は、パートナーとの間で三年以上維持することが難しい神経伝達物質の回路によって成り立っています。
だからこそ、お互いの「愛」を深め続けるような努力がなければ、いずれマンネリ化して消滅していってしまう運命なのです。
また、「恋」は「期待」や「不安」といった感情と深くかかわっています。
そして、「恋」とは、私たちの心を焦がしつくすような、執着と嫉妬を生みだす神経回路でもあります。
そういった感情の中で、「恋」をつなぎとめようとして、無理をしてしまったり、無理をさせてしまう。
すると、お互いに振り回されて、情熱に疲れ果てながら、「愛」を遠ざけてしまうようになります。
友情は、穏やかで優しい関係をつむぎだす「愛」の神経伝達物質によって成り立ちます。
そして、そこに「期待」と「不安」と「独占欲」といった、気まぐれで情熱的な「恋」の神経伝達物質が加わることによって、恋愛感情が芽生えるようになるのです。
友情 ― 愛を生み出す神経伝達物質
さて、「友情」であれ、「恋愛」であれ、相手を大切に想う気持ちは共通する部分があります。
それは、私たちが一般的に「愛」と呼ぶものです。
愛は、他者との親密なコミュニケーションや、肌のふれあい、ともに過ごした温かい時間の中で生まれていくものです。
こんなとき、私たちの脳内では、「オキシトシン」という神経伝達物質が分泌されています。
オキシトシンは、穏やかな多幸感をもたらし、ストレスを軽減させ、相手との心からのつながりを深める効果を持つ神経伝達物質です。
誰かを大切に想う気持ち、その人のことを想うと、胸が温かくなるような感覚。
それらは、なんともいえない安心感と安らぎの気持ちを自分に与えてくれます。
それが、オキシトシンの働きなのです。
オキシトシンは、「特定の相手」との心理的なつながりを深めるために機能しているとも考えられています。
例えば、母親が、自分の赤ちゃんを誰よりもかわいいと思うのは、オキシトシンの働きです。
ペットショップで売られている猫よりも、自分が飼っている猫の方がかわいいと思うのも、オキシトシンの働きです。
私たちが人間関係を形成していく、「愛着関係」は、基本的にこのオキシトシンの働きが土台となっているのです。
その点は、恋愛でも友情でも全く同じことです。
しかし、恋には、恋特有の神経回路が活発化します。
友情と同じ愛の神経回路に、恋という神経伝達物質がスパイスされることによって、「恋愛」という感情が生まれるのです。
恋 ― 狂おしいほど好きになる神経回路
恋をしているとき、私たちの脳内ではどのような変化が起きているのでしょうか?
恋をすると、相手のすべてが愛しく思えるようになり、ずっと相手のことばかりを考えるようになってしまいます。
相手のことを考えると、ドキドキして夜も眠くなり、相手が自分以外の異性と仲良くしているところを目にすると、心の中は激しい嫉妬の気持ちでいっぱいになります。
そんな「恋の病」は、脳内の神経回路の働きによって生まれます。
一つ一つ順を追ってみていくことにしましょう。
すべてが好き ― 前頭葉が麻痺してしまう
まず、私たちは恋をしているときは、相手の欠点ですら愛しく思えてきてしまいます。
俗にいう、「あばたもえくぼ」。
ピンクレンズ効果とも呼ばれたりします。
この間、私たちの脳内では、血流が変化してしまいます。
脳は部位によって機能が分かれているのですが、恋をしていると、前頭葉とよばれる脳の働きが低下してしまいます。
前頭葉というのは、人間が他の哺乳動物と比べて、最も発達している脳の部位です。
人間の思考や感情をコントロールし、客観的に物事を考えるときに活発になる脳の部位です。
恋をしていると、この前頭前野の働きが低下してしまいます。
その結果、私たちは恋をすると、客観的に理性的に物事を考えるのが難しくなってしまうのです。
詳しくは、東條先生の恋愛講座第0講にも書いてあるので、ぜひご覧ください。
会えると思うと嬉しくてドキドキして眠れない ― ドーパミンの増加
その人のことを考えているとき。
ドキドキして、嬉しくて舞い上がってしまうような気分になっているのだとしたら、それは間違いなく恋です。
そしてそれは、「ドーパミン」という神経伝達物質の働きです。
ドーパミンは、一般的にはやる気を引き出すホルモンと言われています。
集中力を高め、脳を覚醒させる効果があります。
これから新しいことを始めようとしたり、旅行の計画を立てているときにワクワクするのも、ドーパミンの働きによるものです。
そして、ドーパミンは、快楽物質でもあります。
わくわくしたり、嬉しい気分になるとき、ドーパミンが分泌されるようになります。
そして、ドーパミンが過剰になると、依存症になってしまいます。
ドーパミンは、人をギャンブル依存症にするのにも、恋の病にするのにも、ほぼ同じような働きをします。
欲しくて欲しくて仕方がなくさせる神経伝達物質です。
そして、「期待」することと密接な関係を持ちます。
ドーパミンが最も分泌される瞬間は、それを手に入れた最初の瞬間と、「手に入りそう」という期待が生まれたときなのです。
ギャンブル依存症者の脳を調べると、「あと少しでスロットが全部そろったのに」という瞬間にドーパミンの分泌量が最も多くなっています。
会えると思うと嬉しくてドキドキして眠れなくなるのは、ドーパミンの働きによって脳が過覚醒するからです。
そして、それを「期待」してしまうからなのです。
苦しいほど好きになる ― ノルエピネフリンの増加
好きな人が、自分の目の前から遠ざかってしまいそうなとき。
恋の苦しいときめきが、情熱をより燃え上がらせます。
障害のある恋の方が、より一層強く燃えるのです。
これは、ノルエピネフリンという神経伝達物質による働きです。
ノルエピネフリンというのは、ドーパミンから派生した化学物質です。
ノルエピネフリンの分泌量が増えると、食欲がなくなって、眠れなくなり、身体中に力がみなぎるような気分になります。
そして、恐怖や怒り、不安、注意、集中、覚醒、鎮痛などに関係しています。
ドーパミンは、快楽によってやる気を引き出す神経伝達物質なのですが、ノルエピネフリンは、ストレスに立ち向かうためにやる気を引き出す神経伝達物質なのです。
恋をしているときは、このノルエピネフリンの分泌量も高くなります。
恋をしているときのドキドキ感。
離れてほしくない、と思うときに、恋しさがより一層、募っていくことを感じたことがあるでしょう。
それは、ノルエピネフリンという神経伝達物質の働きによるものなのです。
また、「誰にもわたしたくない」という気持ち。
相手のことを「独占したい」という気持ちも、ノルエピネフリンと関係がありそうです。
他の誰にも奪われたくないという気持ちは、自分から離れてほしくないという気持ちと一緒で、苦しく情熱的な恋心を燃え上がらせてしまうからです。
苦しいほどに、恋しく思ってしまう。
恋の情熱は本来、苦しければ苦しいほどに燃え上がる、ストレスと隣り合わせの感情なのです。
気がつけばため息と、彼のことばかり ― セロトニンの低下
恋をしているとき。
会えるとき、近づいたときは天国にも上ったような気分になって。
反対に、会えなくて、遠ざかってしまったかのように思うと、地獄に叩き落されたような絶望感を味わってしまう。
あなたももうよくご存じのことかもしれませんが、恋をすると人は情緒不安定になります。
これは、セロトニンとよばれる神経伝達物質が低下するからです。
セロトニンは、平常心を保ち、自律神経系のバランスを整えて、心を癒す効果がある神経伝達物質です。
興奮した心を抑え、怒りを鎮めるなどバランス調整の働きをします。
そして、セロトニンが分泌されなくなると、うつ病になります。
うつ病の治療には、SSRIといって、脳内のセロトニンを増やすための投薬治療が主に行われます。
実は、セロトニンの分泌が低下することが、恋愛という感情を促進していることがわかっています。
恋する人は、強迫観念を抱いているようなものです。
侵入思考と呼ばれていて、恋をしていると、起きている時間の85パーセントもの間、相手のことを考えているそうです。
思考のコントロールが難しくなってしまうのは、前頭前野の働きが低下することに加え、セロトニンの分泌量が低下して気分が不安定になるからです。
そして、セロトニンの分泌量が低下することは、ドーパミンやノルエピネフリンの分泌量が上昇することと関係しています。
恋をすると、高揚感と引き換えに精神の安定を失い、地獄のような絶望感をもたらされるのです。
恋愛の本質は神経の「発火」
恋とは、ドーパミンやノルエピネフリンの分泌量が突発的に増え、セロトニンの分泌量が低下するという、神経メカニズムによって生じます。
友情と同じ、オキシトシンと呼ばれる「愛」の神経伝達物質によってできたつながりに、ある日突然「恋」の神経回路が「発火」するのです。
それこそが、恋愛の本質です。
そして、恋の神経回路は、本来気まぐれなものです。
人間は、他の哺乳動物と違って発情期を持ちません。
いつ、どんな場所で、誰に恋をするのか。
誰にも確実なことは言えない、「不確実性」を持たせておくことで、私たち人間は多様性をもちながら進化してきました。
だから、これまで「友達」だとしか思っていなかった人に。
ある日突然、恋の神経回路が発火したとしても、それはまったく不思議ではないことです。
ただし、「恋」というドーパミン、ノルエピネフリンの炎は、いつか消えてしまいます。
ドーパミンは、本来好奇心をくすぶられるもの、「新規性」によって刺激されます。
ノルエピネフリンは、ストレスや困難な状況があってはじめて効果を発揮するものです。
恋には、誰もが知っている「マンネリ化」がつきものなのです。
しかし、ドーパミンやノルエピネフリンが減退していくとしても、時間や身体を重ねあっていくことで、オキシトシンの分泌量が多くなっていきます。
実際、身体的な関係を頻繁に持てば持つほど、ドーパミンやノルエピネフリンの分泌量が減退し、オキシトシンの分泌量が増加するそうです。
つまり、お互いを激しく求めあうような「恋」の感情も、神経学的に言えば、最終的に穏やかな友情と似たような「愛」の関係に落ち着いていくということなのです。
おわりに
以上、「恋」の神経メカニズムについてみていきました。
「友情」と「恋愛」の違いは、ドーパミンやノルエピネフリン、セロトニンといった「恋」の神経メカニズムが機能しているかどうかの違いです。
「恋」の神経メカニズムは、「性欲」や長期間持続する「愛」とは、異なるメカニズムです。
そして、「恋」が気まぐれに起こることによって、身分の差があっても恋をして、交際する純愛が生まれます。
あるいは、配偶者と子どもがいても、別の愛人と情熱的な浮気をして子供を作る不倫が生まれます。
私たち人間は、多種多様なパターンで子孫を残してきました。
期待と不安が入り混じった、情熱的で気まぐれな恋のおかげで、私たちは厳しい太古のサバイバルを切り抜け、進化してきたのです。
あなたが相手について、気になり始めているのなら。
穏やかで優しい愛情の関係に、気まぐれで情熱的な恋の神経回路が発火し始めているのです。
けれど、あなたは自分の意志で、太古の知恵がもたらした神経回路に向き合うことができます。
あなたがどうしたいのか。
その答えを出すのは、結局のところあなただからです。
神経学的にみれば、恋に落ちてしまうのは、神経回路が発火して起こる「事故」みたいなものなのかもしれません。
しかし、そんな自分のこころに、どんなふうに向き合っていくのか。
あなたは、あなたの意志で選ぶことができます。
そして、それが自分で出した答えならば、どんな「運命」であっても、きっと前に進むことができると私は信じています。
以上、ここまで読んでくださってありがとうございました。
あなたにとって素敵な恋であることを心から願っております。